──10月の初め
まだまだ、ポカポカと暖かい日が多く、 日中は、汗ばむほどの陽気だ。 晴れた朝は、心地良く過ごしやすい気候で嬉しい。 私は、いつもより早く目が覚めたので、 少しだけ早めに出社した。 早く着いたせいか、まだ人も疎らでエレベーターも空いている。 5階でエレベーターを降りて、 「おはようございます」 と、社内で会った人に挨拶をしながら、自分の部署である工事部へと続く長い廊下を歩いて行く。 前から来た男性にも挨拶をしようとした。 「おはようござい……えっ?」 思わず固まってしまった。 「みあり!」 と、私の名前を呼ぶその「なら、一緒になんて住めないよ」と言うと、 「どうして?」 と、聞くので、先程の私の考えを伝えた。 「あ〜そうかもなあ〜」 律樹は自分でも、両親があまりにも静観しているのがおかしいと思っていたようだ。 「なら、こうして、私と会ってることも逐一報告されているのかもね」と言うと、 律樹は、突然そ〜っと立ち上がり、シーっと人差し指を立てて口に当てている。 そして、部屋の入口まで行き、一気に扉を開けた! すると、 「うわっ!」と、声を上げる40代位の男性が居た。 「あっ! やっぱり!」と律樹は言った。 「え?」と私が驚くと…… 律樹は、その男性に、 「島田さん! ココで何してんの?」と、しゃがみこんで聞いた。 「あ、申し訳ありません。奥様のご命令で……」と言った。 律樹は、ずっと後を付けられていたのだろうか…… 「なるほどね〜で、いつから?」と聞く律樹に、 「……4月から」と言う男性。 「ブッ」 ──最初からつけられてんじゃん! と、私は思わず笑ってしまった。 「はあ〜? 俺が家を出てからすぐ?」 「あ、はい……」と言う島田という男性。 ──やっぱり…… そして、律樹は、 「ねぇ〜島田さん! この事が母にバレたら、怒られるよね〜? クビじゃないの〜?」と、島田さんを脅し始めた。 「はあ〜まあ……」 と困ったような顔をしているのが扉からチラッと見えた。 「じゃあ、俺と手を組まない?」と言う律樹。 こんな時の律樹は、悪知恵が働くのだなと思った。 「え? それは、どういう?」と聞かれる島田さん。 「見つかったこと、黙っててあげるから、島田さんも、俺がみありと居たことを黙ってて!」 と取り引きをしたのだ。 「いや〜でも〜」と言う島田さん。 「じゃあ、言う? 間違いなく解雇だな!」と言う律樹に、 「それは! う〜ん……」と困っている様子の島田さん。 「俺はただ転職しただけで、今後も みありの存在は透明人間だと思って言わないでくれたら、きっとそのまま働けると思うし……」と言うと、 島田さんは、とても悩んでいる様子だが、 「お互いの為に、そうしよう!」と、手を出して握手を求めている律樹。 そして、無理矢理、島田さんの手を取って、にこやかに握手をする。 「え〜! うわ〜、はあ〜」と、困った顔
※※※※※もうすぐ定時の17時になろうとしている。律樹の方を見た。仕事をしている時は、当然真面目に取り組んでいる律樹。──やっぱり、仕事をしている時の顔、カッコイイなあ〜そう思いながら、事務所の壁に掛けられた時計を見ていると、定時を知らせるチャイムが鳴った。その下から律樹がこちらを見ている。バチッと目が合ってしまった! スッと目線を外し、私は帰り支度を始めた。──今日、話すのかなあ?とりあえず、キリの良い所で今日は早めに帰ろう長岡さんに、「私今日は、定時で帰りますね」と言うと、「うん、みありちゃん、お疲れ様〜」と。律樹の方をチラッと見ると、まだこちらを見ている。すると、長岡さんも気づいて、「塩谷課長、なんだか、みありちゃんのことをジッと見てる?」と言われた。「いや〜あちらの方を見てるんじゃないですか?」と、私を通り越して後ろを見てるのだと、私は後方を指差した。「ん? みありちゃんは、塩谷課長のこと、タイプじゃないの?」と聞かれた。──そりゃあ、タイプかどうかと聞かれたら、めちゃくちゃタイプですよ!4年間もお付き合いしていたのですからね〜とは、言えない……「う〜ん、どうかな〜」と、笑って誤魔化した。すると、長岡さんは、私の額に手を当てて、「熱はないわね? でも、みありちゃん今日は、なんだか少し変よね?」と言われた。長岡さんには、私の態度がおかしい事がバレバレのようだ。だって、いつもなら、『イケメンですね〜!』と長岡さんと一緒に盛り上がるのが常だもの。そりゃあそうだ。「ハハッ、そうですか? ちょっと朝から体調がイマイチだからかな〜」と言うと、「そっか、じゃあ今日は、早めに休んだ方が良いわね」と言ってくださった。「はい! そうしますね」「では、お先に失礼します」と、皆さんにご挨拶してから、部署を出た。「お疲れ様〜」「「お疲れ様でした」」長い廊下を歩いてエレベーターまで行くと、後ろから、「お疲れ!」と言う声がした。──えっ、嘘! 律樹だ! 早っ!「お疲れ様です」と言うと、耳元で、「ちょっと、付き合って!」と言った。「え?」と顔を見ると、「話そう!」と言われた。──やっぱり今日なのね〜その後、続々と帰る人たちがエレベーター前に集まって来たので、「分かりました」とだけ言った。このま
──10月の初め まだまだ、ポカポカと暖かい日が多く、 日中は、汗ばむほどの陽気だ。 晴れた朝は、心地良く過ごしやすい気候で嬉しい。 私は、いつもより早く目が覚めたので、 少しだけ早めに出社した。 早く着いたせいか、まだ人も疎らでエレベーターも空いている。 5階でエレベーターを降りて、 「おはようございます」 と、社内で会った人に挨拶をしながら、自分の部署である工事部へと続く長い廊下を歩いて行く。 前から来た男性にも挨拶をしようとした。 「おはようござい……えっ?」 思わず固まってしまった。 「みあり!」 と、私の名前を呼ぶその男は…… まさかの…… 2年ぶりに会う元カレだった。 「えっ! どうして?」 私たちは、とんでもない場所で再会してしまった。 佐藤 みあり 28歳 私には、以前4年間お付き合いをして、結婚を考えていた彼氏が居た。 当時、結婚の話を両親にした彼は、 お母様から私に『ブライダルチェックを受けるよう伝えて欲しい』と言われたようなので、私は病院でそれを受けたのだ。 すると、どうも私には子どもを授かることが、難しいということが判明した。 『もちろん0%ではないですが……』と、医師からの気休めの言葉を受け取った。 目の前が真っ暗になり、かなり落ち込んだ。 子どもが好きだから、将来子どもの居る暮らしを夢見ていたのに…… それでも彼は『子どもが出来なくても良い! 2人で幸せになろう』と言ってくれたのだが、当然彼のご両親は結婚に猛反対。 子どもが授かりにくいというショックと、彼のご両親の反対。 私は、Wでショックを受けた。 それでも私たちは、しばらくは一緒に過ごしていた。 でも、しだいに親に反抗してまで、私と一緒に居る彼のことを見ていると、申し訳なく思えたし、 私自身も彼と一緒に居ることが辛くなってきてしまっていた。 そんな時、あんなことが起こってしまい、良い機会だと思って自ら離れてしまったのだ。 26歳の秋だった。 あれから2年、 ようやく私は、落ち着きかけたところだったのに。 なのに、なのに… その彼が、また目の前に現れた。 「えっ! どうして?」 「久しぶり!」と、ニコやかな笑顔を私に向ける彼は…… 塩谷 律樹28歳 大学時代の同級生だ。